2010年4月15日木曜日

連載コラム260 from 北海道●私が思う子育て論

私には、甥や姪が7人いる。
どの子も元気で、屈託がなく、明るくのびのびと育ってくれている
が、時には何かに悩み、屈折し、意地を張り、ケンカをして、成長
している。
そのパワーに、私達大人はへとへとになることもあるが、それでも
時には、びっくりするような言動に驚いたり、考えさせられたり、
子供から気づきを与えられることは多い。
子供は大人の期待を裏切るものだし、言うことを聞かないのが、あ
る種商売みたいなものだ。
それは、赤ん坊の頃からそうなのだろう。
私の甥や姪達が、親や周りの大人達から沢山の愛情を受けて育って
いることに、私は幸せな気持ちだ。
二人の子を持つ我が弟も、子供が癇癪を起こしても慌てず、辛抱強
く接している態度には、えらいなと感心してしまう。

子育てこそ、放任ぐらいが丁度いい。
本当は心配したり、ハラハラしても、大人があまり干渉しない方が
いいこともある。
子供にも、子供だけの世界があり、それがあるからこそ心も育つの
だろう。
「子供は闇で育つもの」と言ったのは、作家の山田太一さんだけれ
ど、この意見には誠に同感だ。
子供がしたことを、実は知っていても知らないふりをすることも必
要で、全てを干渉し、子供同士のケンカに大人がしゃしゃりでて、
なんでも白日の下にさらすことは、決して良いことではない。
そうは言っても、今の世の中、子を持つ親達はあまりにも不安や心
配がありすぎて、そんなふうにはいかないことも現実なのだと思う。
社会で起きる様々な事件や事故に対してもそうだし、学校生活にも
ある種不安を抱える親達は多い。
いじめや自殺、学級崩壊の情報に、親達は敏感だ。
ごく一部の教師の社会的事件にも目を剥き、黙ってはいられない。
何かそのことに、私自身は息苦しさを感じてしまう。
もちろんいじめで子供が自殺するなんてあってはならないことだけ
ど、いじめはどの時代にもつきものだし、いじめがない方が勿論い
いに決まっているが、大人の社会にもそれが見られるように、子供
達にもまたあるのだと思う。
いじめをする子供もいれば、いじめられる子供もいて、そのことが
自分の周りで起こっていても、恐い気持ちからどうすることも出来
ずに、見てみないふりをしてしまう子供達もいることは、普通なの
だと思う。
そして、そういう人間関係から傷つき揉まれて、子供達は何かを学
んでいくのだろう。

私が幼稚園に通っていた頃に、手が付けられない暴力小僧がいた。
これをいじめと限定づけるには少し乱暴すぎるが、とにかく自分の
子分を従え、周りの子供達に徹底的に意地悪をする男の子がいた。
幼稚園には子ども達の背丈ほどの大きな積み木が沢山あり、活発な
子供は、みんなその積み木で遊びたがったが、その暴力小僧がいつ
も積み木を独占しているので遊ぶことは出来ない。
勝手に使えば、すぐに殴る蹴る暴言を吐くで、相手を威嚇した。
その子供は、小学でも中学でも酷く問題児だった。
中学の頃、学年が崩壊するような事件の中心人物でもあり、先生達
はほとほとその子に手を焼き、職員会議で、少年院に送るような話
まで出た。
けれども、そのようなことにならなかったのは、当時その子のクラ
スを受け持つ副担任が、真っ向から反対したからでもある。
後にその子は、立派な大人になった。
幸せな家庭も築き、今では二次の父親でもある。
愛情深い、思いやりのある人間に成長した。
その人情味に、何かこちらはじーんとさせられ、素敵な人間になっ
たものだと、私は思ったものだ。
でも、子供の頃から変わっていないのは、自分の気持ちに正直なところ。
そのため、嫌悪するようなことが、もし目の前で起きたなら、当然
黙ってはいられない。
だから、若い頃には酒場で殴り合うようなこともあった。
酔いにまかせて、嫌がる女性に猥褻な行為を働くそんな他人を路地
へ連れ出し、こてんぱんに殴ることもあったけど、ちょっと間違え
れば、危険きわまりないわけで、後で聞かされたこちらがヒヤリと
してしまう。
でも何処か清々しさがあった。
彼には、彼の道理があるらしい。
これだけは、人としてどうしても譲れない道理があるのだと思う。
今にして思えば、成長期の過程で、彼は幼少期から既に自分のエネ
ルギーの遣り場に困っていたのだろう。
そういう葛藤や苛立ちを、いつもコントロール出来ずに、彼自身も
また苦しんでいたのかもしれない。
自分に悩み、もがき苦しんだだけ、彼は味のある人間に成長した。
人生を教訓にして、家庭では子供達のために敬語を使う話を聞いた
時、なんともおかしさが込み上げたが、私はとても嬉しかった。
そんな彼を、私は友達のひとりとして自慢に思う。
彼の人生にいろいろあったことが、豊かさを育み、成長をさせたの
だと思うが、そこには、確かに見守り、信じる大人達の存在があった。
心から向き合い、寛大な心を持った大人達がいてくれたことで、今
の彼があるのだと思う。

外に発散できる子供もいれば、そうは出来ない子供もいる。
私が幼稚園に通う頃にも、既にそういう子供もいたくらいだから、
これについては生まれ持った特徴なのだろう。
男の子より女の子の方が、実は陰湿だ。
表面的に繕うことも、既に幼稚園児の頃から持ち合わせている。
何だかの事情で、周りの子供達より不利な子を自分の側に座らせ、
さも面倒を見てあげているのだと、先生にアピールする子供もいた。
その子供に対して、先生がどう感じていたかまでは知らない。
だが、周りの子供達は、きっと気づいていたのではないだろうか。
幼いながらも私は、そのやり方を嫌悪し、意識的にその子に予防線
を張った。
その女の子とは、中学で一緒だったが、そういう性格は昔のままだった。
教師には、良い子である自分をアピールしたがり、常に自分の取り
巻きを作りたがったが、彼女と交流を持つ友達は、使える人かどう
かが基準であったから、もしかすると本当の友情には恵まれなかっ
たのかもしれない。
たかだか中学生だが、女は恐いものだと私は彼女を通して知った。
表面的には繕っていても、邪魔な人間に対しては驚くほど巧妙な手
段でやりこめようとしたことに、正直、背筋が寒くなったことも
あったからだ。
それでもその時の私は、泣き寝入りもせず、彼女に媚びることもし
なかった。
もしまた何かされても、勇気を持って闘う意志も必要と知ったのは
あの時が最初である。

集団で過ごすとは、大変な労力だ。
みんなそれぞれに違うのだから、いいことばかりではない。
子供だって嫉妬はするし、妬むこともある。
かわいいことばかりではない。
でも私達人間は、そういう生きものなのだと思ってしまえば、気持
ちだって楽になる。
私達は、子供でも大人でも、様々な付き合いから沢山を学び、譲り
合う心も、協調する精神も、自分を抑えることも、また立ち向かう
ことも、学んでいくのだろう。
人生は常に学びの場なのだ。
それは、生まれた時から死ぬまでずっとついて回る。
逃げることは出来ない。
山に籠もって人との付き合いを排除して暮らすわけには行かないの
だから、そういう非現実的な選択は出来ない。
どんなに人間関係を避けた生活をしようとしても、アパートを借り
れば、家主や周りとも接触があるだろうし、買い物一つだって、電
車やバスで移動するにしたって、やっぱり小さな関わりがあるものだ。
現実の生活では人との関わりを避けて、都合のいいところだけネッ
トでチョイスするなんて、一生そんな風には生きられない。
嫌なこと、嫌いなこと、面倒なことは、常に人生に用意されている。
私達は、そこから学び、成長するように、人生の仕組みとはそう
なっているのだと思う。

ある中学教師から、こんな言葉を聞いた。
「悪いのは親達なんです。親達がどうしょうもないから、子供達は
荒れてしまう。だけどね、そういうダメな親を持っても、子供達は
必死に生きている。多少の悪さや非行があっても、自分達だけのコ
ミュニティを作り、生き抜くことに懸命なんですよね」
この教師は、途ある中学校の生徒指導部の先生だ。
子供達の夜の徘徊や非行、万引き防止のため、私の住む地区をよく
巡回している。
それでも、この地区にあるコンビニは、子供達におおようなのだと
言った。
多少の万引きがあっても、それを警察に通報することはなく、その
ことで学校側が店に頭を下げに行っても、こういうことはある程度
仕方のないことだからと、寛大でいてくれるから教師としても頭が
下がる思いなのだと言っていた。
大目に見てやることを、知っているのだろう。
この教師も、またコンビニの店主も、ちゃんとそのことを知ってい
るのだ。

今の世の中、人の失敗や間違いにはとても厳しい風潮がある。
これほどの情報化社会だから、マスコミの影響も少なからずあるの
だろう。
だけど、人間なんて失敗や間違いから学んでいくものだし、子供の
成長に失敗や間違いがないなんてありえないのに、どうして大人達
はそれを先読みして、安全策ばかりにうるさいのだろうか。
学校になんでもかんでも注文をつける親達の存在に、子供達はうん
ざりしたり、恥ずかしさを感じたりすることはないのだろうか。
息苦しさを感じてはいないのだろうか。
今の大人達は、健全な理想ばかりを子供に押しつけたがる。
何かある度に責任を取れと、傲慢だ。
いじめはない方がいいに決まっているけれど、子ども達の社会で、
学校で、自分達親が目を光らせれば、いじめはなくなるなんて本当
に親たちは信じているのだろうか。
子供の姿は、時代の鏡でもある。
巧妙で陰湿ないじめは、今の世相を反映しているけれど、それで
も、そんな世の中でも、きっと子供達は、柔軟に順応して生きてく
れるのではないだろうか。
私達大人は、それを見守り、信じてやる目線も必要。
大概のことには大目に見てやれる大人の存在こそが、子供の心に豊
かさを育むのだと思う。


コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

連載コラム142 from 台湾

3,4年前に、Tさんの家に遊びに行った。

まあ、こういう話というのは、気心の知れたやつら5,6人なら、いくらでも話せるけど、こういう場で、若い人とかもいるし、話さない(笑)みんな、そういう話ばかり聞きたがるんだろうけどね。         

朝、起きたら気持ち悪くなって、帰ったんだけど、玄関で明るく見送ってくれた。

その後、お台場とか行くって話しが出たけど、こっちの都合が悪くなって、向こうも軍人で忙しい人だし、じゃあ、部屋の掃除でもやろうか?ってなった(笑)

子供としか思われてないと思ったから、気安く頼んでみたんだけどね(笑)そしたら、専属の掃除婦がいるのよって。連絡先も、何も変えてないけど、自然にどっちも連絡しなくなった。

こういうのがローマ的というか、へんなのがでるのを、面白がっていっせいにみたがるというのは、分を超えてるんじゃないですかね。

Tさんも、ユーモア精神がある人だからね。また映画ごっこでもやってんだろうって(笑)

そういうのを知らずに、ほんとのバーチャル脅迫と思って爆笑してるような人は、ちょっと趣味わるいんじゃないですかね(笑)

僕なら、身近な二の戸さんのへんな画像が出てると聞いても、見たくないし、イチローとか、お笑いの人の画像でも、ほりえもんみたいなのでも、見ないですね。

格闘技でも、ボクシングならいいけど、こぶしにカッターまきつけて戦いあうのを見たがってるのは、いきすぎではないでしょうか。骨折るのが楽しみなんていう格闘家もいたけどね。そういうのは、かなり、危ういんじゃないかな。

いま、僕がこんなこというのも変だけど、まず笑いありきになると、そのあたりの感覚が麻痺してくるんじゃないですかね。

もう一人のみなさんが、知りたいだろうMのほうは、僕より、ものがわかってるというか。

ここで話すことは、実○すると思ってるんだな。僕は、そういうのが、いやというか、そういう意識が入ると、書けなくなるというか・・ここで書くときは、私欲や感情を捨てたいというのがあって。

自覚がないというか、僕の立場も、変ったということなのかな・・

気のせいかもしれないけど、僕を○史の人とだぶらせてる人もいるかもしれないけど、そういうのがわずらわしいわけです(笑)まったくうれしくないというか。

僕は、操り人形というか、電話の受話器みたいなもんで、あるものを介在して、話してるという意識だけでね。生身は市井の人間というか、根は地味なんだけど、もっと、自由に動きたいというか・・

変ってる人と会って、話すのが男か、女かの違いだけでね。どうも、普通の人とは、話があわないというか・・

一時期、外国人女性とデートしながら、英語学んだり・・知らない文化のことも聞けるし。そのほうが、やる気もでるというか(笑)

まあ、昔からノイローゼとか、心の病とか、そういう人と話すのが一番あってるけどね。落ち着くというか、笑わせてあげたくなるというか。

ただ、こんなこという身分じゃないけど、いまはほんとに話したいことを話せる人が稀になったな。自分も時代も変りすぎたというか。

二週間に一度、机にむかってコラム書いてるだけのアルバイターが、こんな状況になってるのは、超異常というか、これでバブルがはじけてくれたら、逆にうれしいというか・・。

ほんと、こんな言い方しかできなくて、申し訳ないですけど、二軍とか、三軍という類というか、そういう地味な仕事をしていたいというのが、本音ですね。書くことに限らず。稼ぐ手段は、こだわらないですけどね。

原監督も木村拓也さんに日本一のノッカーになれといってたらしいけど・・。

僕が、お笑いに向いてないのは、わかっていただけたと思う(笑)小説とかにも、挑戦はしてるんですけどね・・。

まあ、こういう状況になって、いままでのように書かれるのも、いやでしょう(笑)こんなやつに?って・・

岡村君も、君づけで呼ばれたくないでしょう(笑)

二軍の本拠地で会うなら、いいんですけどね(笑)

固有名詞をいっさい使わずに、まったく違う、つまらないものを書くか・・休んでもいいけどね。飽きてきたろうし。いずれにせよ、この名前、また使えるでしょう(笑)違う名前で、べつのものを書いてもいいし・・
















写真は、台湾のレトロな街「九分」で見た猫です。




コラムニスト●プロフィール
…………………………………
岩城 えり(いわき えり)
1971年12月東京生
オーストラリアで学生時代を過ごし
アラブ首長国連邦・シンガポールで就職
結婚し帰国したものの夫の転勤のためすぐに渡米
2005年12月より台湾在住

連載コラム154 from 東京

4月6日、中国で1人の日本人死刑囚の刑が
執行された。

さらに3日後に3人の日本人死刑囚の刑が
執行。

1週間の間に4人の日本人の死刑が執行され
日本の首相は「死刑の執行は司法制度の違い
があるので、内政干渉的なことを言うべきでは
ないが」と前置きした上で「残念だ」と発言。

このニュースを聞き、一体なにが「残念」なのか
疑問に思った人は、
日本にもいるのではないだろうか。

現政権になって国内の死刑執行は1つも
行われていないが、それが関係しているの
だろうか、と思わずにはいられない。

昨日今日の話ではない
日本での報道を聞くと、まるで事件は最近起き
最近逮捕、裁判されたようだが、
逮捕されたのは4年、7年、3年前。

裁判も何度も繰り返し行われてきており、
逮捕、死刑判決、死刑執行まで短期間で行われる
こともある中国で、かなりの外国人配慮がされた
ものの思われる。

「通訳がきちんと訳してくれているか不安」
と訴えていたこともあり、「冤罪」になのでは!?
「冤罪」で死刑執行されたらたまらない!と
声をあげている日本人も多いが、

今回死刑が執行された4人のうち2人は
主犯格とされており、裁判でも罪を認め
「死刑でもかまわない。そうなることは知っていたし」
と発言している。

「知らなかった」ではすまされない
もう2人は、運び屋として利用されたと主張しているが
報酬を受け取ることになっていた。

何を運べば30万以上の大金を得られるのか、
普通に考えれば分かるようなものである。
内容は知らなかったとはいえ、相当ヤバいものだと
知ってなかったはずはないのだ。

4人の年齢は一番若い人で48歳。
ほかの3人は65~67歳。
「知らなかった」ではすまされない年である。

空港運賃が下がり出し、円高となり、
海外旅行へ気軽に行けるようになった20年前くらいから

空港で「日本の知り合いに渡して欲しい」
「重量を超えてしまうから、このバック1つ持っていって欲しい」

などと声をかけられても、絶対に了解しないように、
との警告が出されるようになった。

今回のケースは、報酬まで提示させられ、
自分から話にのったものであり、同情の余地はない。

犯罪を犯したことは確かなのである。

その国のルールに従うことは当然
日本は覚せい剤など麻薬に関する犯罪の刑罰が
信じられないほど軽い。

しかしアジア圏各国は、麻薬により、多くの人々の人生が
狂って行くことを知っており、
犯罪を犯したものには、厳しい刑罰を課している。

死刑になるのは中国だけではないのだ。
そして、それは飛行機がその国に着陸する前に
機内アナウンスとして流すことを義務づけている。

だから知らなかった、ではすまされないのである。

「刑が厳し過ぎる」と、かなりダイレクトに発言した
日本の大臣もいるが、それはその国が決めたこと。
覚せい剤の怖さを考えれば、妥当な刑罰だといえよう。

その国に入れば、その国のルールに従う事。
それは当然なことなのである。

良い教訓に
日本人は麻薬に対する罪意識がとても低い。
特に海外に出ると、簡単に手を出したりする。

日本人男性が海外で大喜びしながら性風俗に通い
日本人女性が海外でアバンチュールを楽しんだり
HIVなどの性病も、日本ではかなり広まっているだろう。

しかし、海外で「旅の恥はかきすて」というノリでやることも
現実、であり、事実となる。

麻薬はとても怖いもの。
運んだだけ、と言っても、その運んだものが多くの日本人に
渡り、人生を狂わせていくのである。

「残念」などという前に、これを見習い、日本も麻薬に対する
刑罰を強めるべきである。

今回の件が良い教訓になったと、いえるのではないだろうか。


コラムニスト●
…………………………………………………………………
森田益郎

2010年4月1日木曜日

連載コラム259 from 北海道●わたしの祖母

祖母を一言で語るのならば、「華美」が相応しい。
私の祖母とは、そんな人である。
歌に踊りに、身につける洋服の好みも人一倍うるさい。
贅沢が何よりのご馳走だ。
それでいて、情にもろい人だ。
可哀想な人や、気の毒な人をほうってはおけない。
ついつい世話を焼いてしまう。
性分なのだと思う。
だけど、そんな性格だから、あこぎな押し売りや、怪しい宗教、私
の祖母は随分と騙されたことも多かった。
ところが、騙されたと周りが騒いでも、本人は至って迷惑そう。
「そんなこと言ったって、可哀想じゃないの」
訪問販売で押しつけられた羽布団を返す時だって、「悪い、わる
い」の一点張りである。
年寄り特有の人の良さなのだろうと思う。
まだ、祖父が生きていた頃、何かにつけ財布の紐が固い祖父のお陰
で祖父母の生活はそれなりに豊かだった。
元来働き者の祖父は、僅かばかりの庭をせっせと耕し、豆や芋を作
り、山に一人で出掛けては、季節の山菜を沢山摘んでくる。
ストーブで燃やす薪は、何処からか採取したものを家の前で、せっ
せと割り、小さな物置には上まで隙間無く積まれた薪がびっしりだった。
シベリアから引き上げて間もなくの頃、祖父はたった一人で家も建てた。
泥と藁を混ぜ合わせた壁でこしらえた泥の家である。
その家を、家族はあまり喜ばなかった。
娘時分は、泥でこしらえた家が恥ずかしかったのだと、私は母から
聞いたことがある。
だけれども、とても暖かい家だったそうだ。
そして、その家は、祖父の兄弟に只同然で奪われたとも聞いた。
遠い昔の話である。
シベリア帰りで、病を引き摺っていた祖父に国から恩給が支払われ
ていたため、祖父母の暮らし向きは普通より豊かだった。
恩給を受けても、祖父はずっと定年まで働いたし、質素に何でも手
を掛けて器用に作る祖父のお陰で、祖母はお金に困らない暮らしだった。
でもそれは、祖父が健在だった頃の話で、祖父が他界してからの祖
母はというと、それまでの堅実的な生活を見事に捨て去り、自由に
気ままに人生を謳歌したようだ。
本土より戦争被害の少なかった樺太に住んでいたとは言っても、や
はり戦争の混乱はそれなりに体験している。
終戦と同時に、北海道に引き上げる船の中で、幼い子供を三人も抱
え、同行していた女中に預けていた食料や衣類、全ての物一切は盗
まれて、おまけに履かせていた子供の長靴まで、無惨にも盗まれた
のだと、祖母は、この時の引き揚げ船での出来事を、何度もなんど
も繰り返し、涙ながらに語った。
ロスケ(ロシア軍)から逃れる恐怖よりも、終戦と共にそれまで自
分達の身の周りにいた人達まで、見事に卑しく変わり果てた姿に、
祖母は、おののいたのだろう。
祖母の中では、人生でもっとも最悪で、これ以上ないほどの地獄の
記憶でもある。
そんな祖母も、晩年は優雅だった。
金を惜しまず、贅沢に暮らした。
それにたかる輩に、祖母は何食わぬ顔で与え続けた。
そして、祖父がせっせと貯えた財産も、そろそろ底を突いてきた頃に、
当然の如く、祖母の金を巡っては身内同士で争った。
誰がいつ使った、引き出したか。
誰が幾ら貰った、貰わないは、悲しいまでに拭えない凝りを残した。

93歳で大往生の祖母を、周りは幸せな人だと言う。
寝たきりになっても、施設に入れずに自宅で介護され、私の母は付
きっきりで、祖母に尽くした。
それは、祖母が一番に望んだことでもある。
病院や老人施設は、頑なに受け入れようとはしなかった。
絶対にイヤなのだと、祖母はガンとして受け入れなかったのだ。
それでいて、食べ物の好き嫌いは数え切れないほど多い。
インスタント食品や、味の濃い物が好物で、食べられる物より嫌い
な物の方が多い。
卵も、牛乳も、豆腐も、牛肉も、炊き込みご飯も見事に嫌いである。
野菜も好きではない。
頑なに食べてはくれない。
食事中に、箸を口に運びながら、「おいしくないねぇ」と溜め息を
もらすのだ。
糖尿を患っていたから、味覚障害もおきていた。
好き嫌いが多い上に、何を食べても「味がしない」と口をへの字に
曲げるのだから、難儀なことである。
だから、祖母への食べ物については、いつも根比べだった。

施設に僅かの期間、ショートスティに出した時の事だ。
三度の食事も、嫌いな物ばかりと祖母は毎食殆ど残し、頬もこけ
て、体重も落ち、ついには栄養失調になった。
祖父がまだ生きていた頃、これほどまでに頑固ではなかったなと思う。
祖父が死んで、箍が緩んだ反動なのかもしれない。
そんな祖母を私は人間らしいと思った。
人の悪口を言い、意地の悪いことをして、平気で嘘をつく。
かと思ったら、涙もろくて、可哀想な人はほおってはおけない。
騙されても、騙されたと思わずに、また金を出す。
祖母のカラオケ十八番は、「矢切の渡し」である。
そして、「浪花節だよ人生は」でもある。
「夫婦酒」など口が裂けても歌わない。
奪って奪われての男と女の色恋歌が好きなのだ。
私は祖母の生き様から、人間のおもしろさを学んだように思う。
決して簡単ではない、だけど、どうしょうもない醜さや、情愛や強
い自我。
意地悪な心も、朗らかな人間性も。
まるごと全部を今改めて思い返しても、祖母はとても楽しい人だった。

祖母があの世に旅立って、残された遺品は多い。
綺麗で品のある洋服も数え切れないほどある。
祖母が愛用したカツラ。
肌身離さず温泉に浸かる時も、眠る時も、それはお洒落な祖母らし
くもある。
「氷川きよし」の大判のカレンダーとDVD。
友達にまで惜しみなく分け与えて、僅かに残った宝石。
祖父母のアルバムを捲ると、目を見張るほど美しくて若い祖母の写
真がいくつも出てくる。
モノクロの、女優のような女性は、艶やかな祖母をそっくりそのま
まに、写真の中に閉じこめていた。
「見初められて、結婚したんだよ。お見合いだったんだけどね、ど
うしてもとせがまれて、私の好みではなかったんだけれど、立派な
仕事に付いていたしね。それで結婚したんだよ」
祖父は、ずっと最後の最後まで祖母を愛していた。
うんと働き、寡黙で優しい人だった。
その祖父のことを「好きじゃなかったもの」と祖母はしゃあしゃあ
と言ってのける。
「四角い顔がね、どうにもイヤじゃない? 私の好みはもっと美男子」
とケロリとした顔で囁くのだ。

祖母とのあれこれを思い出すと、どうにも楽しいことばかり。
楽しくて、思い出が深すぎて、少し感情が抑えられなくなる。
涙がこぼれる。
永遠の財産とは思い出だけなのだろう。
祖母もあの世で思い出してくれるだろうか? 
共に過ごした宝石のような時間を、きっと思い出してくれるだろう
と信じたい。


コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

連載コラム141 from 台湾

3月26日、民主党がマニフェストとして掲げていた
「子供手当法」が成立した。

4月には市区町村で受付を開始し、
6月に4月、5月分の手当が支給されるという。

「日本の将来を担う子供のための手当」というが、
親の海外赴任に伴い海外に住む子供たちには
支給されない。

代わりに日本在住外国人の、
海外に住む子供たちには支給されるという。

どこにそんなバカげた話があるだろうか。
はっきり言って怒り心頭である。

「また外された」という失望
会社や役職によって異なるが、
海外赴任年数は平均して5年前後。

問題を起こしにくい妻帯者を海外赴任させる
会社が多いため、子供を連れて海外に住むケースは
非情に多い。

海外に赴任する際には、住民票を抜く。
抜くことにより、児童手当などはもらえなくなる。
しかし、これは赴任先で給与を受け取るため、
日本で得る収入がガクンと減り、
税金を収める額が低くなるため、仕方ないと思う。

これまでも国民への一時金は
仕方ないと諦めてきた。

しかし、今回の子供手当だけは納得できない。
そんな声がほとんどである。

会社勤めの赴任者たちは、日本に居るときは
天引きで税金をきちんと、まじめに支払ってきている。
年金は、海外に在住している間も
きちんと収めている。

日本のために、現地人と日本の本社に挟まれ
妻は狭い日本人社会でストレスを抱え、
子供たちも慣れない環境で精神的に負担を抱え、
頑張っているのである。

それなのに、また外すのか、と愕然とする。

現地校、インターへ入れる親の増加
一昔前、海外赴任中の日本人家庭の子供たちは
日本人学校へ通うのが一般的であった。

今も、生徒数は増加しているが、
それは日本に見切りをつけ、海外進出する会社が増え
それに伴い赴任者も増えたからである。

実は、最近「日本人学校よりも現地校」へ入れたがる
親が増えている。
金銭的に余裕があれば、年間100万を超えるインターへ
入れるケースも多い。

なぜならば「子供を将来、日本に戻らせたくないから」。

日本に帰っても、良い事などなに一つない。
国民を大切にしてくれない日本など
戻らなくてもよい、という考えを持つ親が増えたのである。

海外赴任というと、手当をもらえてリッチと
昔の人は考えるだろうが、とんでもない。

現在は手当があっても、生活費に消えて行くし、
子供がいたら、子供の塾代、お稽古ごとの代金などで
マイナスになるのである。

日本に年老いた親がいる場合、何かあったら
頻繁に往復しなければならない。

日本の介護は最低レベルであるため
海外から応援に駆けつけなければならないのだ。

今回の子供手当の一件で、
ますます日本政府が海外赴任者に冷たいということが
分かった。

なぜ、バラまく
しかし、一番納得出来ない点は、
日本在住の外国人たちが、海外に残している
子供たちへ手当を渡す、ということだ。

少子化と言われている日本だが、
日本に出稼ぎに来ている外国人の中には
10人以上子供を持っている者だっている。

生活レベルも異なるため、手当だけで
1ヶ月生活できる国もある。

これはビジネスになると養子縁組みする者や
公式書類を賄賂で用意する者も増えるであろう。

我々の税金を、こんなことに使われるとは。
本当に帰国したくなくなる。

帰任命令が出ると退社し、現地で就職する赴任者も
少なくないが、その理由を
日本政府はしっかりと考えて欲しい。



















写真はジブリ映画の舞台にもなった台湾の九分です。


コラムニスト●プロフィール
…………………………………
岩城 えり(いわき えり)
1971年12月東京生
オーストラリアで学生時代を過ごし
アラブ首長国連邦・シンガポールで就職
結婚し帰国したものの夫の転勤のためすぐに渡米
2005年12月より台湾在住

連載コラム153 from 東京

これが考えすぎと思ってる人が、いるみたいだね。そんなこといってると、123kのスライダー投げちゃうけど、大丈夫かな? 3行もつかな?

魔娑斗が、試合前の記者会見で、挑戦者に、「大丈夫かな? 3Rもつ?」なんて挑発してたね。挑発というか、珍しくやさしく声かけた。

横浜の遠藤も、ケガから復帰したときに、「148kのストレートが戻りさえすれば、なんとかなるだろう」って、何回もいってた。うちの家族で、なんで148kにこだわるんだろうなって笑ってたけどな。

これも、考えなさすぎなんだね。宮根アナも、すいませんね。深く考えずに言っちゃって。ああいえば、みんなが喜ぶと思って・・

てながエビちゃんも、幸せオーラが出てるとかいわれて、たぶんだけど、いまの自分は頭も、体も幸せじゃないかって思うんだよねえとかって、まわりくどいこといって、哲学やってたけどね。そういうのが、考えすぎなわけよ(笑)

隣に座ってた総武鉄道さんも、かわいいというか、香取慎吾に似てますね。

まわりくどく考えるのは、ドイツとか、ギリシャが好きなイメージがある。

イメージっていうのは、いまのギリシャの情報ってほとんど日本に入ってこないから、わからない。いま、ヨーロッパでのけ者扱いというか、救ってやるとか、やらないとかで、もめてるみたいだな。昔は、有名な哲学者が、いろいろ出たわけでしょ。オリンピック発祥の地でもある。

それで、哲学ばっかりやってると、やっぱり経済がダメになるみたいな(笑)こういうのは、すごく面白いというか、話が広がるけどね。

まだ、「サンチェ」って魔球も持ってる。バッターの手元で球が大きく見えてくるらしいんだ。しかも、バットに裂傷を負わせる勢いがある。

松崎は、世代が違いすぎるというか・・。一番、テレビ見てなかった頃の世代だからね。あの頃は、バーチャルが人間をだめにすると思ってたから、ほとんどテレビ見なかった。高校時代のことも知らないし、巨人とやったという日本シリーズすら見てないんでね。松崎がいたのに4連敗したみたいだね。

DARUMAは、タバコ吸ってた。

逆に、桑田とか、清原の頃は、テレビばっかり見てたからね。松井のこと、ゴジなんて呼んでた。まさか、岩倉鉄道に負けるとは、思わなかった。ガッツポーズして喜んだよ。

松崎の日本のころの成績をネットでみたけど、たいしたことないねえ(笑)

波があるというか・・。前原の胸元に投げて、威嚇されても動じないんだろうね。

もっとも、大試合に強い選手って、普通の試合で力発揮できなくなったりするから、難しいね。ボンズしょうゆとの対戦は、ニュースで見たけど、松崎が全部直球投げるって宣言して、一発大ファール打たれたら、もう直球投げなかったんだな。中ファールくらいだったかもしれないけど。

同じ時代に強いもの同士がそろうのも運だからな。白鳳も大変だな。バルト海は、厳しい海らしいけど。一人横綱っていうのも大変らしい。千代の富士も、大変だっていわれてて、うちの家族で、誰も強いのがいなければ、簡単に優勝ができるんだから、大変なはずないって、話してたけどね。やっぱり、責任とか、経験者じゃないと、わからないだろうから。

マアくんも、考えすぎとかいわれてるようだけど、確かに、若い頃は、綾戸綾くらいに猪突猛進がいいかもね。ブーマーみたいに・・

どの分野でも、体に覚えさせないと、頭で考えても、どうにもならない面があるだろうから。

大体、ピッチャーがきれい事いってると、「この野郎」ってバッターも思うんじゃないかな。この辺が難しいところなんだろうな。巨人はロッテより弱いという悪口も、火をつけるだろうけど、奇麗ごとも、そういう面があるんでね。

それがわかってでも言うんなら、また凄いけどね。稲盛さんも、若い頃から哲学ばっかりしゃべってたらしい。住友銀行の堀田庄三さんも哲学ある経営者といわれてたけど、会ったらしい。それで、いきなり説教された。

「俺だって若い頃は遊んだんだ。若い頃から、そんなこといってちゃだめだ」って説教されて、このおっさん、わかってないなと(笑)

まあ、ローマの頃も、金と物欲でどうにもならなくなってたらしい。ミルクの風呂入ったり、贅沢の限りを尽くしてた。それでも、いまの贅沢からすれば、かわいいものだったろうね。スタジアムで奴隷や囚人を猛獣と戦わせたりして、何万人も入ったんじゃないの?ラッセルクロウの映画にもあったろう。

デップの映画は、意外と見てない。フェイクと、インディアンと・・レオさまと共演したやつとか、あったような気がするけど、中身は覚えてない。デップは、ちょっと、稲山くんに似てる。稲山くんが、オールバックにしたら、ああいう感じになるんじゃないか・・

ローマはあまりにひどいんで、ワインの規制もやったみたいだし、いまと似てるでしょ?イギリスも、パブの規制やったり。だけど、そういう小手先のことやっても、対処療法というか。桑田が、ワインつくるとかいうのは、おつだけど。

それで、反動としてキリストみたいなのが出てきた。ソクラテスとか、老子、釈迦ってほとんど同時代に出てるんだな。結局、その後も、カリギュラとか、ネロとか、気持ちの悪い政治家が出てきて、キリスト教信者が、虐殺されたみたいだけど。ソクラテスも、へんな理由つけられて死刑になってるし。小浜は、「太った猫」なんていってたけど、ソクラテスは、「満たされた豚」なんていってる(笑)

釈迦だって、物欲まみれの生活が、危険かを悟って出家して、極端に物欲を遠ざける生活をしたわけ。あとでそれもバカらしいことに気づいて、中庸が一番といってるんだけどね。

物欲まみれの何がいけないのかというと、内面世界がスカスカになっちゃうわけでしょ。こういうと、頭の中に知識がなくなるのかって、すぐに浮かぶ人がいるだろうけど、そういう発想も、違うようですね。

それで、釈迦は、人生とはなにかという教えを説いてまわって、代わりに食べ物をもらうという生活方法をとった。それが、この世界で生きながら、内面をスカスカにさせない最良の手段だと。スカスカという表現がきついなら、ギトギトでも、ネチョネチョでもいいけどね。

瀬戸内若長さんは、いまは、説法しても、みんなお金くれないって(笑)

要するに、内面がネチョネチョにならなければ、いいんだけど。極端にいえば、ネチョネチョにならずにいられるなら、SMやったっていいわけ。やりながら覚醒していられるなら・・。もっとも、そういうことをやりたいと思い出した時点で、内面が危うくなってるんだろうけど。

すぐに金になる話。一週間で簡単に覚えられるとか、そういうのがいい。だから、大学で、哲学を学ぶとかって、親に反対されるんじゃないの。そんな就職に役に立たないくだらないもの学ぶためにお金は出せないわよとかいわれて。まあ、確かに、哲学の大半が○○らないと僕も思うけどね(笑)

ドストエフスキーも、小説で言ってるけど、貧乏は不幸ですね。物質的に。だけど、実は、金持ちも幸福じゃないんだっていうわけ。もちろん、全部とはいわないけど。そういう心のからくりに金持ち自身が気付いたとき、貧乏と金持ちの歩み寄りがはじまるんだと。

ローマとか、2000年くらい離れてみれば、起こってることの意味がわかるけど、時代の中に入ると、意味がわからなくなりますね。だけど、浜ちゃんもいうように、芸術とか宗教の天才とかは、真実性からずれにくいというか、歴史を眺めるような目で今を見れるというか・・そういうのが、ボツボツ出てくるみたいですね。ほんとは、歴史を学ぶって、そういうことじゃないかな。

きよしさんも、いまは、まるでローマだなって。

宗教によって、内面をネチョネチョにさせないための手段が違うんだけど、元をただせば、ネチョネチョにさせないという点で共通してると思うわけですね。ただし、機械化すると、皮だけ引き継がれて、またネチョネチョになってしまうから、難しいですね。

有田さんも、スポーツっていうのは、どこの国でも胸式呼吸だけど、日本のスポーツだけは、腹式呼吸を重視するって。イチローも、体型が違う。

広岡さんも、中村天風のもとで、クンハバカを学んだらしいですね。肛門に力を入れるらしい。誰か球団の人が、中村天風に頼みにいったらしい。「広岡にコーチに来るよう薦めてくれ」と。中村天風にお前やれっていわれれば、広岡も従うしかないからって。

大阪の知事も、クンバハカやれば、面白いんじゃないかな・・

要するに、あまりに物欲まみれの生活になると、無意識の闇においやられるものが多くなる。それで、何が起こってるのか気付かなくなる。ただ、笑ってればいいもんでもないと思いますけどね。聖書にも、「死の平和」って表現がでてくる。もちろん、ムードメーカーも必要だけど。笑わせる側より、笑う側に問題があるかもしれないし。そればっかり、強迫的にもとめるというか。環境問題も、重要だけど、人間の内面が危ういということに、気づかなくなってきてるんじゃないですかね。

フロイトは、実は、人間の普段の意識は、氷山の一角でしかなく、ほとんど無意識にあやつられてるんだと。キリストとか、釈迦っていうのは、つねに意識化できるというか、無意識と意識が、同じようなんだな。そこから生まれるのも、慈悲の心ってやつみたい。岡潔さんのいう「虫一匹、殺さないというような心境にならないと数学の難問が解けない」というのに似てるかもしれない。

こういうと、すぐ俺に無意識などあるはずないとか、意識化など簡単だとかいう人が出る。でも、そういわれて、ムキになって意識しようとするほど、狭い視野の中での揚げ足取りになっちゃう。

人間が小っこくなるというか・・。また、善人とかとは別で、小さい人ほど、大きい人がわからないというか、小指の先しか拡大して見えない。逆に、大きい人(無意識の部分が小さくなった人)には小さい人がわかるらしい。そういう意味で、subwayという映画は面白いですね。

そういう感覚さえあれば、この笑いは何かとか、涙は何かとか、すぐに判断できるんじゃないかな。頭で、じっくり考えるんじゃなくて。実は、僕も、よくわかんないんだけど(笑)覚醒なんていってる人間が、おどおどしてたら、みっともないでしょ?

感覚つくるというか、もともと仏とか神は自分の中にあるともいうじゃないですか。まず、内面ありきというか。それが、○後の世界にも大きくかかわるという哲学ですね。2000年前にそろったのは。

アメリカでも、アーノルドミンデルって心理療法家が似たようなことを言い出しましたね。ただ、どうしても、古人たちが苦労してつかんだものを一ヶ月かそこらでつかめるような気にさせる軽い雰囲気がつきまとう。でも、見下ろすようにいっちゃうけど、ソクラテスとかと比べたら、すごい進化と思う。

売れてる本もあるだろうけど、西本みたいなシンカー持ってるとか、平松みたいなシュート持ってるとかいう出版社が、なくなってる。

長島さんが、あのシュートが打てないかなあ・・て、ぼやいたのも、平松のシュートと比較していったんじゃないのかな。平松のシュート覚えてないけど。

特別なことしなくても、昔の主婦は、掃除、洗濯、料理で、自然にそれなりの人間らしい感覚をつかめた。いまは、そのあいた時間になにをするかということでしょうね。

上原は、どこも雇ってくれなきゃ、やめるしかないっていってた。なんで、そんなこといったのかな?二軍で月20万くらいの給料で、20年働かせてくれるようなやさしい球団は、ないんだろうね。僕は、そういう野球がやりたいねえ(笑)

でも、野球って不思議なもので、5、6年も2軍でやってると、もう、あがるの難しいみたいですね。二軍でいつも首位打者とか、ホームラン王って選手もいたけど。中畑くらいじゃないの、二軍生活が長くて、しかも大学出の超遅咲きで、あれだけの中心選手に育ったのは。王なんかは、3年間はただの人だったみたいだけど、それくらいがいいみたいですね。

二軍生活の長かった赤ゴジラも、結局、一軍にあがって1年はよかったけど。本家が赤になったからって、遠慮しなくていいのに・・

長島さんは、大沢さんも、そろそろタイトル取らないと、このまま無冠でいっちゃうんじゃないかって、心配してた。



コラムニスト●
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森田益郎