2010年1月15日金曜日

連載コラム254 from 北海道●友へ

年も明けてまだ間もないのに、友人が亡くなったことを聞きました。
年の瀬も近い12月、誰にも告げず、打ち明けることなく、
自らの命に幕を引いたのです。
彼女には、沢山のことがありました。
生まれ育った環境も家族も、非常に特殊でした。
ある時、まだ幼い弟が重い病気を患いました。
すぐに手術が必要であったにも関わらず、彼女の両親は、
宗教上の理由で輸血を拒み、弟はあの世へと旅だったのです。
その時、彼女は初めて疑問を抱いたそうです。
それまで当たり前だった人生に、「なぜ?」と
疑わしい気持になりました。
彼女が抱いた疑問は、それまで仲の良かった家族に亀裂を生じさせ
ました。
絆は緩み、彼女の心は孤立しました。
家族に伝わらない苛立ちや、弟を救えなかった後悔は、
ずっと彼女の心に深い傷を作りました。
家族との溝は深く、何を言っても伝わらない。
その心を想像をするだけで、私はとても悲しくなります。
もしも、彼女が普通の家に生まれていたら、
もしも、彼女にご両親がもっと優しくしていたら、
きっと彼女は頑張れたはず。
私にはそう思えてならない。

日本は、宗教の選択が自由な国です。
それでも、自由であるはずのこの国で、宗教という名のコミニティや
家族が存在し、その中で生まれ育つ子ども達には生き方も強要されます。
洗脳という手段で、強いられます。

彼女が命を絶った理由は、そればかりではなかったと思います。
もっと複雑な、もっと困難な、どうしょうもなく疲れ果てて、
絶望の淵に立たされ、それでも誰にも何も言わず、泣き言すら吐かず、
ひとりで逝ってしまいました。
私は、彼女の苦しみに気付いてあげられませんでした。
亡くなる3日前、彼女から受けたメールには、ありがとう、
元気にしていますと。
私の体調を気遣い、自分の楽しい近況報告を添えて、
近いうちに私にも会いたいと、それから来年もよろしくと、
丁寧な温かい言葉で綴られていました。

本当は、とても悔しい気持です。
もっと甘えて、もっと辛い気持を打ち明けてほしかった。
あなたの悲しみに気づけなかった私を、どうか許してください。

亡くなった友人は、このマガジンの購読者でもありました。
ですから、友人を偲び、ライオネル・リッチーの「ジーザス」
を贈ります。

「神様
あなたの子供たちである人間をお守りください
人間が倒れてしまわないように
歩みが道から逸れてしまわないように

それから教えてください
お互いに愛することを
天国がみんなの心のなかに
居場所をみつけることもあるんだと

なぜって ジーザスとは愛のことだから
ジーザスは決してぼくたちを落胆させない
だから ジーザスはいつもぼくのもの
ぼくの心にいる

ぼくたちは歩み続けなければならない
誘惑のなかをわき目も振らず
でも ジーザスの愛と知恵が
ぼくたちを助けてくれる

ぼくは真実を知っている
ジーザスの言葉はぼくたちの救いとなる
だから 心の持ちようを高くして
感謝を込めて喜ぼう

なぜなら ジーザスとは愛のことだから
ジーザスは決してぼくたちを落胆させない
だから ジーザスはいつもぼくのもの
ぼくの心にいる」

私は信じます。
この世に無駄な命などないことを。
彼女との出会いは、私にとって大切なものでした。
沢山のことを考えさせられたり、また本音で語り合える友でした。
彼女との電話はいつも長くなくました。
夜遅くに掛かってくる電話は、一時間はざらでした。
「ありがとう」は彼女の口癖でした。
いつも感謝の心を忘れない人でした。
思い出されるのは、いつも明るい笑顔です。
どんな時もいつでもキレイにして、少しも疲れた顔を見せず、
おしゃれで、清潔で、実に可愛かった。
人生に前向きで、アイディアと知恵で、自ら事業を興したり、
たくさんの可能性を秘めていて、彼女と過ごすだけで楽しくて、
人生が明るく思えたものです。
だから、私は想像すらつかなかったのです。
彼女の死を、まるで考えたことすらなかった。

あやちゃん、あなたを忘れません。
みんなもあなたのことが大好きでした。
私達は、本当に悲しいです。
どうか、安らかに眠ってください。
そのことを 心から祈ります。

コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

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