2010年8月1日日曜日

連載コラム267 from北海道●渡辺淳一さん

渡辺淳一さんの講演に行きました。
我が町の地元新聞社主催による講演会です。
会場は、この町の三つ星ホテル(と勝手に私は思っているけれど)
の、大広間で、チケットは、五百円なり。
たったワンコインで、文壇の大御所である渡辺淳一さんのお話が聞
けるのだから、このチャンスを逃す手はないと、私はそんな気持ち
でした。
実は、渡辺淳一さんの小説は、原作そのものより、映画やドラマの
ほうがなじみ深い。
小説は、ご本人が若かりし頃に書かれた作品しかよんでおらず、近
年ベストセラーになった『鈍感力』も、私はいまだ読んでいないけ
れど、テレビや、新聞などのエッセイから感じる人柄は、とても好
印象です。
なんと言っても、あの笑顔はやっぱり素敵なのだ。

会場に入ると、もう入場者はびっしり、満員御礼、大盛況です。
一番後ろの列に、空いている席をなんとか見つけて座ったものの、
よくよく周りを見渡せば、どこもかしこもご年配者ばかり。
なぜに若い層がいないのか・・・、この予想外の情況に、とたんに
へこみました。
私の左となりは、高級クラブのママさんふう。
年のころは、60前後というところか。
ゴージャスな巻き毛の長い茶髪に、入念にほどこされた化粧、くる
んとした長いまつ毛がエクステっぽく、洋服もお持ちになっている
バッグも素晴らしいのですが、細くてヒールの高いパンプスが、印
象的な女性でした。
一応、ていちょうにお断りして、おとなりの席を拝借させてもらっ
たけれど、私が腰を落ち着けたとたん、なにやら、こちらをマジマ
ジと観察してくる。
弱るなぁと思ったが、私の顔によっぽど何かがついていたのか、そ
れとも知り合いの方と間違っているのか、でなければ、もともと無
遠慮でそういう人なのか、いずれにしても、私は少々たじたじでした。
苦笑いしか出てこない。
で、右となりはというと、これまたお年は、左に同じく、女性二人
組の方たち。
しかも、私のすぐとなりの女性さまは、それほど渡辺淳一が好きで
もないのか、どうも友人のつき合いで来られた雰囲気なのです。
講演が始まる前から、足をせわしなく動かし、首をぐるぐると回
し、体も準備運動のようにせわしなくひねって動かして、その度に
私にぶつかってくる。
ちょっと・・と言いたいところだけど、このおばちゃん見た目から
して態度が妙にケンカごしなんですね。
自分から人にぶつかっておいて、非常に強きなのです。
こういう席に座ってしまったのも、こちらに運がないだけで、目的
はあくまでも渡辺淳一さんのお話を聞くことなのだから、まあいい
やと、そんな気持ちでした。

さて、渡辺淳一さんの講演内容はというと、序盤は、いまの日本が
いくら不景気といっても、世界とくらべてごらん、こんな恵まれた
国はないんだよと言った話で始まり、ほとんどの皆さんは、飲み水
といえば、ペットボトルで売っている水を買って飲んでいるけれ
ど、水道の蛇口をひねれば、清潔な水がちゃんと出てきて、それな
のに、水を買って飲んでいる人達が多い国なんて、日本くらいなも
のだ。水道の水を飲みなさい!甘えるんじゃない!(あれ? そこ
まで言わなかったかな?)まぁ、とにかく、現代の日本人の甘えた
精神を一括するようなお話でした。
そこから、話は徐々にとんで、この度の講演テーマである『男と女
の幸せ上手』について、渡辺さんは話されたのですが、ようは、女
は生命力があり、柔軟性があり、年を取っても幸せ上手だと言って
おられた。
その点、男は、まったく話にならない。頭が固く、定年が過ぎてか
らも、会社で偉ぶっていた習慣がとれず、妻を誉めることひとつし
ない。いや、しないではなく、出来ないのですね。そういうこと
に、日本の男性は慣れていないから、どうにも言葉に出しづらい。
「ありがとう」ひとつ言えないのは、悪いことです。もっと、妻に
は低姿勢で、大事にして、老後は男の方が妻に養ってもらっている
のだから、いばってばかりいると嫌われるだけで、悲しい老後を迎
えるだけです。例え、心がなくても、気持ちがなくても、嘘つきで
も、妻を誉めてみる。出来ない人は、まず「ありがとう」と言って
みる。いいですね? 解りましたか? なんて話をしていました。
講演のテーマにそった、かみくだいた内容ではあるものの、老後を
いかに幸せに過ごすか、なんて内容なので、これはあきらかにご年
配者向けの講演です。
そこに、のこのこと乗り込んだのは私なわけで、講演をされた渡辺
さんが悪いわけじゃない。
しかし、でも・・と、まだ自分の老後が先にある私は、ちょっと複
雑な心境でした。
もっと、渡辺流の男と女のエピソードとか、おもしろい話が聞ける
と思い込んでいたから、面食らったというか、撃沈されたのです。
でも、考えようによっては、渡辺さんも会場に集まった皆さまと同
じく、すでにそのようなことを十分に意識する年齢でもあるし、こ
れも仕方がないのかなと思いました。
方々、各地の老人ホームをたくさん視察されたことも、渡辺さんは
話しておられたのですが、大概わきあいあいと楽しそうにしている
のは、女性陣で、おしゃべりに余念がないし、ホームでの生活もそ
れなりに謳歌しようとしているけれど、男の方はといえば、出され
た食事も、ただもくもくと食べるだけ。あれでは死にますねと、
バッサリ切り捨てていた。だいたい、老人ホームに男が足りなさす
ぎる。女性が四人に男が一人の割合。これでは、どうしたって、男
の奪い合いになるでしょう? 男が必要なんです。いるんです、男
が。だから、死んでる場合ではないのだと、そんな話もしていたり。
ヒートアップして、毒を吐きまくる渡辺さんに、講演会場は爆笑の
うずでした。
私の両側ふたりのご婦人たちも、体をゆすって、もう私にぶつかり
まくって、激しくゲラ笑いしちょる。
とっても楽しそうで、大変よろしいのですが、ふと見遣ると男性客
のようすが、どうもおかしい。おかしいというか、ちっとも笑って
いないわけで、よくよく観察すると、顔がマジで怒っている。
それが、あっちもこっちもなので、それに気づいてしまった私は、
どうにも男性たちが気になって、落ちつかなくて、とてもじゃない
けど、女同士、肩を組んで笑いあう気分にはなれませんでした。
それでも、私のおとなりのご婦人たちは、ヒーヒー声を出して笑
い、それでいて、私のこともうかがいながら、目で合図を送ってく
る。ほらほら、こんなにおかしーんだから、無理しないで、笑いな
さいよって、ゲラゲラ笑いながら、私に破顔してるのです。
女性ファンが圧倒的に多い渡辺さんは、やはり女性の身方なんですね。
私なんぞは、ダンディな渡辺さんが、講演の途中から、どうにも綾
小路きみまろに、感じてしまいました。
しかも、きみまろさんより、毒が強すぎて、恐いなぁ、勇気ある
なぁ、なんて、しょうもないことで、感心してばかり。
ちなみに、講演の途中で、退席された方もいらしたが、いずれも男
性の方。
私も普段から毒舌なので、人のことなどいえはしないが、でも、渡
辺淳一さんは、すごいです。
すごいし、歯に衣着せぬ話っぷりは、やっぱり清々しい。
話す言葉に真意があり、ユーモアのセンスは抜群かも。
物書きは、こうなのですね。
後から思えば、少し愉快な気持ちでした。

渡辺淳一さんの最新刊、『幸せ上手』は、講談社から絶賛発売中です。
皆さま、是非に。


コラムニスト●プロフィール
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赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

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