2010年7月15日木曜日

連載コラム266from北海道●空気人形

是枝裕和監督の作品は、なぜにこうにも切ないのだろう。
カンヌ国際映画際で、主演の柳楽優弥が最優秀男優賞を受賞した
「誰も知らない」も、あまりにも衝撃的な作品だったが、普通の人
が見落としがちな、だけどそこに存在する命は、いまを生き抜くこ
とに懸命な姿をさらけ出した、そんな映画だった。
ショッキングな映画だったが、この社会の片隅で、決してないとは
言い切れない姿だ。
むしろ、確信をもって、あると言い切ったほうが、正解なのだろう。
映画は夢を紡ぎ、大衆にとっての娯楽といいたいところだが、是枝
監督の作品の場合、全く違うのだと思う。
物事を見る目線が、人とは違う。

映画「空気人形」は、主演のベ・ドゥナが本当に美しい。
人形のように、彼女が美しいゆえに、あまりにも切ない映画だ。
この作品は、大人向けのファンタジー映画である。
しかし、ファンタジーでありながら、非常に辛口だ。
空気人形、のぞみ役のベ・ドゥナを取り巻く人々の姿は、今を生き
る私達と重なっていく。
そして、空気人形でありながら、心を持ってしまったのぞみも、そ
の生涯は切ない。
見るもの触れるもの存在する全てに、初めの頃は、たくさんの不思
議を感じながらも、のぞみは成長していく。
心を持ったがゆえに、人間と同じように、喜びや優しさ、誰かを愛
しく思う心を感じてしまうのだ。
「私は、うそをつきました。心を持ったので、うそをつきました」
のぞみの心の声に、どきりとさせられる。
きっとこのセリフは、私達みんなに当てはまる言葉だ。
のぞみを空気人形として作り出した制作者役のオダギリジョーが、
「どうして、自分は心を持ってしまったのか」と、のぞみに聞かれ
るシーンがある。
「それは、僕にも解らない。人間をつくった神さまだって、人間が
心を持つとは思っていなかったかもしれない」それと同じことと、
のぞみに答えるのだ。
制作者役のオダギリジョーのこの言葉は、胸に突き刺さる。
私達人間とは、本当はそんな存在なのだろうかと。
心を持つから人間が切ないのか、人間が切ないのは、心を持ってし
まったからなのか。
そんな人間のありかたを、神さまがのぞんだかどうかまで解らない
なんて、切なくなる。
制作者オダギリジョーが話したことは、まるで風の言葉ようだ。
ゆるやかな気流に乗って、優しく語りかける。
だけど観客を、私達を、原点にまでそっと押し戻す。
そして、そうかもしれないと思わせてしまうのだ。
それでも、のぞみは、うまれてきて良かったと制作者に言うのだ。
自分をうんでくれてありがとうと。
私達人間も、きっと同じこと。
人との出会い、触れるもの見るものに、そして愛に、切ない気持ち
になるけれど、それでも、どんな人でも、生まれてきて良かった。
切なくても、やっぱり生まれてきて良かったのだ。
是枝監督が映画を介して、そっと私達に投げかけている言葉は、と
ても切ないけれど、心に染みてくる。

最近の映画作品の傾向に、疑問を投げかける声もある。
ドキュメンタリーは映画ではないと、正面からばっさり切り捨てる
人もいるが、私はこれも時代の流れなのではないかと思う。
むしろ、そのような作品が生まれて当然だし、あるべき姿なのだろ
うと感じる。
是枝監督のこれまでの作品「誰も知らない」も「歩いても 歩いて
も」も、ドキュメンタリータッチのような作品である。
これまで輩出されてきた記憶に残る日本映画路線とは、全く違うものだ。
派手さを一切切り落とした、むしろ非常に地味な作品だ。
だけど、私達の社会の片隅で、それはきっと存在するだろうと思え
る姿だ。
そういうことを、否応なしに想像させられる。
まるで、道端の片隅で、アスファルトの小さな裂け目から、必死に
芽を出し、咲いているぺんぺん草や、タンポポのようにも思えてくる。
本来なら、映画の題材としても地味すぎてあつかわれないような存
在である。
でも、是枝監督の作品は、そんな彼らにスポットをあて、静かに寄
り添っているかのようだ。
だから、たまらなくなるほど悲しくて、切なくなるのだろう。
派手さはない。
だけれども、映画を通して、静かに、問いかけられているような気
がする。
そして、その問いかけも、映画を通して私達に投げかけるだけで、
裁いたり、結論を出したりはしない。
それは、映画や小説のあるべき姿なのかもしれない。
決して裁かず、社会を切り取り、提示するだけ。
だからこそ、一度見ただけで、忘れられないほど、切なさがあふれ
てくるのだ。
是枝監督の映画に、これからも期待したい。
時間に追われ、前しか向かずに生きている私達に、監督の優しい目
線で、ふと立ち止まらせてほしい。
優しく肩をたたかれ、足下に咲く名もなき花にも気づけるような、
空や雲、まわりの景色を見渡せるような、そんな是枝監督の作品
に、また出会えたらと思う。


コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

0 件のコメント:

コメントを投稿