2011年11月1日火曜日

連載コラム297 from北海道●一枚のハガキ

監督・脚本・原作などで、これまで250本以上の映画を世に送り
出してきた新藤兼人監督の作品は、海外からも高い評価を受けている。
今年4月には、ニューヨークで新藤監督の回顧展が開催され、俳優
のベニチオ・デル・トロさんが、ディレクターをされて、彼のセレ
クションで「原爆の子」を含む10本の映画と「一枚のハガキ」の
先行プレミア上映がされた。
監督は今年で99歳になられた。
じつは正直なところ、私はそれほど多く監督の作品を観てはいない。
私が観たのは「竹山ひとり旅」や「どぶ」、「鬼婆」や「母」「藪
の中の黒猫」、そして「原爆の子」のみである。
どれも古い作品なのだが、新藤監督の映画を初めて観た時、ひどく
驚いた。
低予算の白黒映画でありながら、驚くほど上質な映画なのだ。
ストーリーに無駄がなく、ストレートでありながら、映画の一コマ
一コマまで見入ってしまう面白さがあり、特に乙羽信子が主演、出
演している作品は、本当に素晴らしい。
監督と、あうんの呼吸で作り上げた作品だということが、実に伝
わってきた。

映画界の巨匠、新藤兼人監督の作品『一枚のハガキ』には、監督の
心の叫びが詰まっている。
99歳の監督が、自らの終焉を感じ、これまで胸の奥底に封印して
きたことを言っておきたい、でなければ自分は死ねない、と監督の
そんな思いが、ひしひしと伝わってくる映画だ。
戦争はすべてを奪い、人生を狂わせる。
この作品は、監督自身が32歳の時に、招集され経験した戦争の実
体験を軸につくられた映画である。
上官がクジで決めた戦地から生きて戻ってきた仲間の兵士は、10
0人のうちたった6人のみで、監督はその中のひとりだった。
終戦をむかえ、社会復帰し、映画界の仕事に戻った監督は、自らの
幸運を素直に喜びながらも、その一方で葛藤を抱えたという。
なぜ、自分は生きているのか?
自分は、いったい何者なのだ、と。
太平洋戦争が激化していた1944年の3月に、監督は二度目の召
集令状を受けた。
32歳の時である。
一度目は、自身が20歳の時で、その時は徴兵検査に合格したもの
の、戦争には行かずにすんだ。
そして、二度目の招集で、監督は、広島の呉海兵団に、帝国海軍二
等水兵として入隊。
任務は、寄宿舎の掃除である。
その寄宿舎とは、やがて特攻隊となる予科練生のための宿舎だった。
場所は、奈良県の天理教本部とのこと。
ノミやホコリだらけの宿舎を仲間の100人と一ヶ月間掃除をした。
掃除が終わって、今度は100人の中から60人がフィリピンのマ
ニラへ陸戦隊となって行かされることになった。
その60人は、上官が引いたクジで選ばれた人達だ。
選ばれた60人は輸送船に乗り、マニラに着く前にアメリカの潜水
艦にやられ、みな還らぬ人となる。
そして、残りの40人のうち、30人がまたしても選ばれ、日本の
潜水艦に乗り込んだが、彼らも全員亡くなった。
新藤監督ら10人は、それから宝塚に派遣されたが、宝塚歌劇団の
劇場や学校を予科練生の宿舎とするため、また掃除をした。
その掃除がすんで、今度は10人の中から4人が選ばれ、日本近海
を防衛する、海防艦に乗せられたが、海防艦といっても名ばかりで
民間から徴収した漁船にすぎない。
それで、選ばれた4人も、命を落としてしまった。
クジで命の行く末を決められ、戦争に駆り出されても、戦うどころ
か、彼らはみな海のもずくとなって消えてしまい、監督は、最後ま
でクジで選ばれることなく、残りの6人の中のひとりだったが、戦
争が終わって、社会に戻ってからも、死んだ仲間のことが頭から消
えることはなかったらしい。
自分の運は、94人が代わりに死んでくれたから手にできた運にす
ぎない。
だからこそ、94人の犠牲の上に立って生きているということが、
肩に重くのしかかり、犠牲となった94人の魂を背負いながら、今
日まで生きてきたのだと。

新藤兼人監督の戦争体験記は、今回の映画のパンフレットのインタ
ビュー記事として掲載されていたものだが、私はこのパンフレット
を読んで、すぐに漫画家の水木しげるさんの戦争体験を思い出して
しまった。
水木しげるさんも、自身の戦争体験を漫画に描いている。
実写版にもなった。
南方ラバウル、ニューギニアへ配属され、仲間が次々に死にゆく
中、水木さんだけはあのジャングルで片腕を落としながらも、奇跡
的に生還した。
だからこそ、水木さんもまた、仲間の魂を背負いながら、生きてき
た人なのだろう。

戦争を経験した者だからこそ、語る権利がある。
映画のタイトルにもなった『一枚のハガキ』は、新藤兼人監督が、
じっさい仲間のひとりから見せられたハガキが、映画の中でもその
ままの姿で使われている。
激戦地の模様をひとつもからめず、クジで運命を決められ、生き
残った人間もまた人生を狂わされ、それでも、生きぬこうとする人
間の強さが映画から伝わってくる。
その強さが、映画を見終わった後で、心地よい後味の良さに変わっ
てくれるのだ。
この映画は、けっして暗い作品ではない。
戦争の理不尽さを訴えながらも、ユーモアをおりまぜて、時には笑
い飛ばすように、それでも生きぬこうする人間の強さを映画で訴え
ている。
主演は豊川悦司、相手役は大竹しのぶである。
脇役も安定感のある役者たちが満載だ。

この場では、映画の内容はあえて語らないでおこう。
ひとりでも多くの方が、『一枚のハガキ』を観てくださるように願
いを込めて、あえてそうします。
オススメです。



コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

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