2011年8月1日月曜日

連載コラム291 from北海道●怪優・原田芳雄さんを偲ぶ

圧倒的な存在感で、観る人を力ずくで魅了し、物語の中に引きずり込む。
原田芳雄は、そんな俳優だったように思う。
洗練された、上手い役者と比べても、原田芳雄という俳優は、そん
なちっぽけな枠では決しておさまりきらない。
放つ存在感が圧倒的に強く、濃い役者なのだ。
だから、原田芳雄が登場するだけで、引きつけらて見入ってしまう。
晩年の作品にみられる、穏やで、温かい役を演じるまでの原田芳雄
という俳優を、私はそんなふうに感じずにはいられない。
野生的で、アウトロー。
ギラギラした独特の不良性だ。

『どついたるねん』や『浪人街』、『われに撃つ用意あり』『鬼
火』など、100本を超える映画に出演し、テレビドラマにも多く出た。
マニアックな作品では、『痛快!河内山宗俊』なんかがとても好き
だし、『闇の狩人』も忘れがたい作品である。
そういう野性的なアウトロー役とは別に、『亡国のイージス』での
総理大臣役や、『ヤンキー母校に帰る』の教師役、NHKドラマ
『白州次郎』での吉田茂役の原田芳雄も、圧倒的な存在感の塊だった。
脇役であっても、この役は原田芳雄をおいて他にはいない。
そう思わせるほどのはまり役だからだ。

色彩がちがう、濃い作品とはまた別の映画『父と暮らせば』や『歩
いても歩いても』、『奇跡』なども、原田芳雄は実にいい雰囲気を
かもし出している。
落ち着いた役所から放たれる雰囲気は、俳優・原田芳雄が役者とし
て長年つちかい、積み重ねてきた熟練された職人技のような味わい
深さがある。
あの野太い声質も実にステキ。
だからこそ、あまりにも突然の訃報に、どうしてものみこめない気
持ちだった。

原田芳雄最後の主演作『大鹿村騒動記』は、小さな村で巻き起こる
騒動と、300年も続いている村歌舞伎を掛け合わせた悲喜こもご
もの喜劇である。
2007年にNHKドラマ『おシャシャのシャン!』の出演で、
大鹿歌舞伎と出会った原田さんが、村歌舞伎に衝撃を受けてから、
ずっとあたためていた構想を、坂本順治監督が実現した作品だ。
脚本は荒井晴彦さん。
昨年の11月に、長野県下伊那郡大鹿村で、二週間のロケでつくり
あげたスピード映画なのだが、撮影期間が短いこともあって、テス
トもリテイクもほとんどナシの撮影だったいう。
食堂「ディア・イーター」を経営する風祭善こと原田芳雄は、サン
グラスにテンガロンハットの無骨な男だが、村歌舞伎の花形役者で
もある。
しかし、その花形役者も、私生活では妻に逃げられ、18年間ひと
り暮らしをしてきた。
江戸時代からずっと途絶えることなく続いてきた村の伝統である歌
舞伎を、5日後にひかえたある日、駆け落ちをした妻の貴子と幼な
じみの治が帰ってきたところから、この物語ははじまる。
認知症を患っている貴子を、とつぜん帰すと治に言われてしまう善。
妻の貴子役に、大楠道代。
駆け落ちした善の親友、治役は、岸部一徳である。
原田芳雄と岸部一徳の掛け合いが最高に愉快だ。
岸部さんのとぼけた調子良さに、善こと原田芳雄は振り回され、ま
た認知症を患っている妻・貴子にも翻弄されてしまう。
それでも、村の大鹿歌舞伎「六千両後日文章 重忠館の段」の場面
は、実に圧巻。
この話は「景清伝説」の脚色、大鹿歌舞伎のオリジナルでもある。
それぞれの歌舞伎役を演じる石橋連司やでんでん、大楠道代も素晴
らしいが、なんといっても、景清を演じる善こと原田芳雄が、本当
にすごい。
上手いというより、荒くて、迫力のある歌舞伎に目を奪われる。
優雅で綺麗な歌舞伎なんかではない。
むしろ、土臭さや泥臭さを感じてしまうほど。
だけど、胸があつくなった。
すごい歌舞伎に、泣けてくる。
きっと原田芳雄は、全身全霊で景清を演じていたのだろう。
なにか、そのことが伝わってくるシーンだった。
いま、映画館の客席から、自分も観客役のエキストラ、大鹿村の
人々と共に、大鹿歌舞伎を見物しているような気持ちだ。
舞台の景清に、拍手やかけ声がわきおこり、おひねりは次から次へ
と舞台になげこまれ、それに触発されてか、自分までもがなんども
手を叩きそうになるのをこらえたり、なにかこの映画事態に、不思
議で新鮮な気持ちになった。
実は、この歌舞伎のシーンで、重たい衣装をまとい、慣れない所作
を繰り返した原田芳雄は、撮影途中で左肩を脱臼するアクシデント
に見舞われたのだが、それでも、観客に気づかれることなくアドリ
ブで全撮影を乗り切ったという。
大鹿歌舞伎のシーン以外は、たくさん笑えておかしくて、少しだけ
切なさを秘めた映画である。
こっけいであたたかい、『大鹿村騒動記』は、そんな映画だ。
でも、こんなに愉快で楽しいはずなのに、心から笑うことが出来な
かったのは、やはりこの映画が、原田芳雄の遺作だということを拭
えずに観てしまったからだろう。
残された時間を自ら自覚し、病気をこらえながら、命を削ってまで
この映画に挑んだ。
大鹿歌舞伎にこそ、演じることの原点がある。
それが、原田芳雄がこの映画にこだわった理由である。

巷が好きだった。
大衆の人々をこよなく愛してきた原田芳雄。
原田芳雄の、人間としての土臭さ温かさの源は、きっとそこからき
ているのだ。
そして、骨の髄まで映画が好きだった俳優である。

怪優・原田芳雄は、これからもずっと思い出の中に。
映画の中で、彼は永遠に生き続けるだろう。



コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

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