2010年11月1日月曜日

連載コラム155 from 台湾

10月23日、日本で小学校6年生の女児が
自ら命を絶った。

自宅のカーテンレールに首をつり
自殺したのだという。

父親は「学校でのいじめが原因」だと主張。
母親が外国人だからと同級生から
いじめられたのだとメディアに明かしたそうだ。

そして学校は相変わらず
「いじめがあったとは認識していない」と主張している。

日本のいじめ
いじめは日本の学校だけが抱える問題ではない。
アメリカでもイギリスでも、どんな国でも
程度の差はあれいじめは存在する。

日本はもともと島国で村意識が強い国だからか
「何でも一緒に」と強いられ「平均」を意識させられる。

例えば子供の体重や背の高さを平均値を使い
強く意識するのは先進国では日本くらいだろう。

個性という言葉を嫌い、平均だから安心、
平均以上は凄いと言われながら子供は育つのである。

子供たちは自然と「みんなと違う、あの子は変」と、
思うようになり、その意識がいじめへと発展するのだ。

母親の言葉の影響
「平均」「みんなと一緒」を意識して育った大人たちが、
子育てをするようになると、どうなるか。

やはり子供に「みんなと一緒」「またはそれ以上」を
求めるようになるのだ。
そして、親同士が会えば、当然そういう話になる。

母親の言葉や会話を子供たちは本当によく聞く。
そして、その言葉に強い影響を受ける。

国によっては小学校入学前に学校から、
「子供の前で決して先生の批判をしないこと」
と強く指示されるほど。
国籍、人種、関係なく子供は親や養育者の鏡となるのだ。

いじめの発端が、実は親が何気なく発した
言葉であったということは、きっととても多いだろう。

日本のいじめは、親の影響が強く出ているため
とても性質が悪いものなのだ。

先生のいい加減さ
そして日本のいじめが10歳前後の子供たちを
死に追いやる最大の原因は、
いじめが起きている現場にいる大人、
先生のいい加減さだといえよう。

一昔前は、先生が威厳があるとして崇められたが、
今の子供たちは、親が先生の悪口を言うのを聞いている。

そして、親が先生よりも強いという強弱関係まで
敏感に認識してしまっている。

そのため、先生も子供たちに強く言えなくなっているのだ。

今回自殺した女児は、いじめられっ子にありがちな
とても大人しい子で、学校側は

「いじめられると母親から訴えられていたが、
本人に聞くと別にと何も話さなかった」と弁解。

恐らく母親のことも「途上国から来た外人だし」と
なめきっていたのだろう。
子供も大人しいし、このままいじめに耐えてもらって
卒業して終わればいい、と思っていたに違いない。

ほかの発展国の学校では、よほど貧困層の荒れた学校で
ない限り、先生、学校、そしてカウンセラーが連結し
いじめっ子を徹底的に追求するはず。

いじめられ苦しむ子供を、すぐそこに居る大人が助けず、
誰が助けられるのだろう。

しっぺ返しは必ずくる
野放しにされた、いじめっ子がどんな大人になるか、
想像はたやすい。

いじめっ子は「先生もいじめをOKだと思ってくれてる」と
思っており、いじめを何とも思っていない。

親が介護が必要になったとき、「普通の状態」でなくなった、
そのとき、何の躊躇もなく虐待するだろう。

そう、しっぺがえしは必ず来るのである。

親も先生も大人の心がけ次第で、いじめの数は減る。
一日も早くそのことに気がつかねばならない。



▼写真は、圓山大飯店からみた台北市内。川の向こう側は11月にスタートする花博会場になっています。
















コラムニスト●プロフィール
…………………………………
岩城 えり(いわき えり)
1971年12月東京生
オーストラリアで学生時代を過ごし
アラブ首長国連邦・シンガポールで就職
結婚し帰国したものの夫の転勤のためすぐに渡米
2005年12月より台湾在住

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