2013年2月6日水曜日

連載コラム203 from 台湾


2013年になり円安、株上昇など
景気のよい話題が続いている日本。

ここ数年、弱気だった外交も強気に変わり、
誰が敵で誰が味方なのかを、はっきりと見据えた
政治が行われているように感じる。

東日本大震災の被害地復興に向けても
やっと本格的に動き出した感もあるが、
まだまだ過大は山積み。

今後、税金はどんどん上がるなど、
庶民にとって暗くなるような話題も多いが、
生活保護をもっと厳しく締めていく方向で動き出した
と聞き、それなら頑張って税金を納めようと思う人も
多いようだ。

■びっくりするほど多い生活保護受給者
ここ数年、毎年のように、
「生活保護受給者が過去最高」
だと報じられている日本。

だが大半の国民は、いまいち実感が沸かなかった
だろう。

筆者も、「生活保護受給者が増えたといっても、
ほとんどの国民は頑張って働いてるんだし」と
思っていた。

しかし、昨年、芸人が母親や姉、おば夫婦に
「もらえるもんはもらえ」と生活保護を受給するよう
アドバイスし、自分は高価な貴金属を買い、
毎晩のように飲み屋で豪遊していたとニュースになり、
その考えが変わった。

実は生活保護を受けている人はとても多く、
その大半が「本当にどうしようもなく困って」というわけでなく、
「もらえるもんはもらっとこう」と受けているのである。

そして、その数は私たちが思うよりもはるかに多く、
身近にもいるのである。

■生活保護が働く意志を削ぐ
親戚に下町で理容店を経営している者がいるのだが、
先日、彼女と生活保護について話題になった。

彼女は古くからのお得意客が多いのだが、
下町も景気が悪く、今、50、60歳代で生活保護を受ける人が
ものすごく増えているのだとう。

生活保護をもらうために偽造離婚したり、
貯金を引き出し現金にして隠し持っていたりなど
かなりあくどいこともしているという。

生活能力がゼロなわけではないのに、
「この年になってスーパーなんかで働くのはしんどい」
と、適当なことを言って医者から診断書をもらい、
生活保護を受けているそうなのだ。

彼らいわく「もらえるからもらう。別に悪いことじゃない」
という風に考えているようだとのこと。

生活保護が働く意志を奪っているのである。

■生活保護と母子手当ては見直すべき
理容店を営む親戚は、お得意だからと何も言わない。
しかし、不正に生活保護を取得する人に対する
風当たりは、さすがに強くなってるとのこと。

役所に垂れ込みをする一般市民が増えているそうなのだ。

生活保護は本当に生活できない状態になった
日本国民にだけ与えられるものにすべき。

「もらえるから」「しんどいから」と働かない人には、
期限付きで、尻を叩きながら与えるものとすべきだ。

母子家庭に与える手当ても、きつくすべき。
確かに気の毒だと思うが、そういう状況になったのは
自分がきちんと考えてなかったからともいえなくないからだ。

アメリカのようにフードスタンプのようなクーポン制を
導入することは賛成だ。
最初のコストはかかるかもしれないが、
「恵んで貰っている」風に感じ、それが働こうという気持ちに
つながるかもしれないからだ。

今回の政権が生活保護と母子手当てを厳しく見直せたら
歴史に残るほど素晴らしいことになると思う。
期待して見守っていきたい。



写真ですが、バンコク郊外にあるタイガー園での「トラの赤ん坊に乳を与える豚」です。























コラムニスト●プロフィール
…………………………………
岩城 えり(いわき えり)
1971年12月東京生
オーストラリアで学生時代を過ごし
アラブ首長国連邦・シンガポールで就職
結婚し帰国したものの夫の転勤のためすぐに渡米
2005年12月より台湾在住

連載コラム321 from 北海道●シリアの内戦に思うこと


NHKで放送された「映像記録 市民がみつめたシリアの一年」をみた。
シリアの内戦から真っ先に思い浮かべるのは、ジャーナリストの山
本美香さんである。
昨年の8月にシリアでの取材中、突然政府軍の銃撃によって殺害さ
れた女性ジャーナリストだ。
あの時も、山本さんが記録し続けた映像と共に生々しい最後の映像
が公開された。
世界の紛争地を自らの足で歩き、市民の声をひろい、世の中に伝え
続けた女性。
彼女の命を掛けた活動から、シリアの悲惨な現状を知った。
混迷する中東で起こっている現実が、山本さんの死を通して、遠い
世界の出来事ではなくなったあの日。
それでも、この悲惨な現状にただ祈りを捧げることしかできない。
シリアの人々に一日も早い春が訪れることを願って手を合わせるこ
としかできなかった。

「市民がみつめたシリアの一年」は、ショッキングな映像が続いた。
無差別に市民が殺され続けている映像だった。
大人も子供も無差別にだ。
血まみれになった瀕死の子供たち。
路上に転がる死体。
叫び、動揺する撮影者の声と共に逃げまどう人々の悲鳴が続き、モ
スクまで砲撃される。
空爆がおこなわれ、クラスター爆弾も使われた。
現在シリアでは、外国人記者の入国をいっさい遮断している。
昨年の7月にシリアへの制裁について国連安全保障理事会で話し合
いがもたれたが、その時ロシアと中国がこれを拒否した。
人権問題となると、ロシアも中国もそこは苦しい。
自国の内情をそれぞれに抱えている両国にとって、国連がお墨付き
の国際介入など、どうあっても前例をつくるわけにはいかないからだ。
その後、アサド政権は、国連に停戦の約束をしたが、実際にはその
約束も反故にしている。
政府軍の戦車は街にとどまり、市民を殺し続けた。
それでも、政府軍から離反した兵士たちが、自由シリア軍を結成し
て市民と共に戦い続けた。
彼らは、もう後戻りなどできない。
革命を信じて、命を捧げても自由をつかみたい、ただそれだけなのだ。
子供を殺され、それまで銃を手にしなかった人々までもが銃を手にした。

今年に入って、シリアに対するロシアの風向きが変わった。
伝わる報道では、それまでアサド政権を支援し、武器の供給も行っ
ていたロシアが見限ったというのだ。
自由シリア軍は、ダマスカス中心部からわずかな距離にあるパレス
チナ難民キャンプを制圧し、アサド政権の崩壊も、もう時間の問題
である。
シリアには確実に革命が訪れるだろう。

それでも、リビアやエジプトで今もなお続く、人々が自由を手にし
た後の苦難に思いを馳せると、どこか暗い気持ちが押し寄せてくる。
革命は、幾度となく繰り返されるのだろうか、と思ってしまうからだ。
いま中東で起こっていることは、確実に間違いなくイラク戦争のひ
ずみである。
独裁政治で国を統治してきた支配者たちは、イラク戦争でフセイン
が倒され処刑されたことにおののき、自分たちの国でもデモを徹底
的に弾圧してきた。
リビアで殺害されたカダフィも、いま岐路に立たされているアサド
大統領も。
すべての始まりはイラクからである。

中東のすべてに、イスラム社会に、世の中に、真の平和が訪れるこ
とを願ってやまない。血で血を洗うことが、これ以上繰り返されぬ
ことを。

シリアの人々に平和を。
彼らがのぞむ自由を。
そのことを心から祈ります。




コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住

2013年1月4日金曜日

連載コラム202 from 台湾


クリスマスまであと1週間あまりといった12月14日。
アメリカで背筋が凍るような銃乱射事件が発生した。

事件が起こったのはコネティカット州郊外にあるニュータウン。
地元のどこにでもあるような小学校に若い男が武装して押し入り、
銃を乱射し10歳以下の子供20人を含む26人を殺害したのだ。

男はその場で自殺したと見られており、
自宅からは母親の銃殺遺体も発見されたとのこと。

動機などまだ詳しいことは分かっていないのだが、
凶器となった複数の銃は母親が「子供を守るため」「自衛のため」
購入していたものだと伝えられている。

■なくならない銃事件
今年はアメリカでは、
コロラド州デンバー郊外の映画館での銃乱射事件、
ウィスコンシン州のシーク教寺院での銃乱射事件、
ニューヨーク州エンパイアステートビルでの銃乱射事件など、
銃による大量殺人事件がとても多かった。

もちろんこのほかにも銃による殺人事件は
毎日のように発生している。

毎年3万人を軽く超える人たちが銃殺されているのである。

今回のような乱射事件が起こるたびに
「銃を規制した方がよいのではないか」という声が
一部で上がってきた。

しかし、これには強い反対もでている。
不法所持している人が多いため、自己防衛に銃を持つことは
必要だというのだ。

■銃社会アメリカ
アメリカが銃社会になったのは、訳がある。
警察が地区をきちんと取り締まれていなかった
230年前は、自分の身を守るために銃が必要だったのだ。

銃は人を傷つけるためではく、自分や家族を守るため
そういう名目で市民の間に広まっていったのである。

現代のアメリカではほとんどの州で、
銃を購入する際、身分証明を提示させることを義務づけている。
銃もシリアルナンバーをつけ、銃弾も登録されたものを
販売している。

約8000万人の人が正規ルートで銃を購入していると
報告されている。

■銃を持つ権利
銃を正規に所持する人たちは、口をそろえて
「銃を持つのは自分を守る権利があるからだ」
と主張する。

登録されていない銃は山ほどあるし、
不法に銃を手に入れた者も把握できないほど多くいる。
登録されている銃でも今回のように武器になることはある。

銃を規制してしまったら、自分の身が守れなくなる。
だから、彼らは銃規制を反対しているのである。

■難しい銃規制
オバマ大統領は今回の銃乱射事件を受け、
銃暴力の対策に取り組みたいと発言した。

しかし、アメリカではクリントンの二の舞になるだけだと
覚めた目で見ている。

1990年代に、日本の服部青年が射殺された事件などを受け、
クリントン政権が銃規制に動き出したことがあった。

しかし、この銃規制は「10年の時限立法」であったため、
ブッシュ政権だった2004年に失効。

ブッシュ政権率いる共和党議会は、
銃規制賛成派が少なかったため、このまま流れてしまった。

今回オバマ大統領が銃規制に動き出したとしても、
全ての銃を規制できるわけはなく、
おまけに10年後には流れてしまうというのである。

アメリカに住む友人の中には銃を所持してるものが
少なくない。

最近得に銃事件が多いということと、
帰還兵が精神的なトラウマを抱え銃事件を起こす
そんな可能性を考えてしまうからだという。

銃をどこまできちんと管理できるのかが
大きなカギになるとみられているのだが、
問題は山積みであり、アメリカは諦めムードさえ流れている。



写真は台湾の美しい蘭の花です。



















コラムニスト●プロフィール
…………………………………
岩城 えり(いわき えり)
1971年12月東京生
オーストラリアで学生時代を過ごし
アラブ首長国連邦・シンガポールで就職
結婚し帰国したものの夫の転勤のためすぐに渡米
2005年12月より台湾在住

連載コラム320 from 北海道●北のカナリアたち


「北のカナリアたち」は、東映が創立60周年記念作
品と命名するだけに、力を注いだ感がしみじみと伝
わってくる映画である。
きっと「吉永小百合に会いに来た」そんな思いで映画
館に足を運んだ人たちも多かったのではないだろう
か。
吉永小百合といえば、今や日本を代表する大女優のひ
とりでもあるし、長年日本の映画界の第一線を走り続
けてきた人でもある。
吉永小百合が持つ、清くて正しくて美しい女性像は、
彼女が出演してきた映画から受ける印象そのものだ
し、役どころを越えた人間性や人間力も、私たちが彼
女に抱くイメージそのもの。
「潮騒」や「青春のお通り」や「君が青春のとき」、
「ひとりぼっちの二人だが」や「キューポラのある
街」など、数々の映画に主演、出演する若かりし頃の
吉永小百合は、真っ直ぐでへこたれず、それでいてみ
ずみずしい。
「青春の門」では体当たりの演技が圧巻だった。
「母べえ」や「おとうと」など、近年の作品も吉永小
百合は本当に素晴らしいかぎりだが、外見の美しさと
共に内面から滲み出てくるよどみない美を感じずには
いられない女優さんである。
だからこそ、映画「北のカナリアたち」は、吉永小百
合の映画でもあるし、阪本順治監督の力量の凄さを感
じさせられた映画でもあった。
映画館の客層が、若手より中高年が圧倒的に多いこと
も、この映画の撮影段階ですでに計算され尽くされて
いたのだろうかと感じずにはいられないほど、細やか
な丁寧さが細部にわたって感じられたほどだ。
今時のたたみかけるような会話で繫ぐ、間のない映画
とは全く異なる映画である。
会話やセリフのテンポや映像も、実にゆったりとした
感に、年配者が観ても、決して取り残されないよう気
配りを感じずにはいられなかった。
北海道の礼文島を舞台に、稚内、サロベツ、利尻島と
ロケで使われた景色は、雄大な大自然が見事に美し
い。
礼文島からのぞむ利尻富士やサロベツ原野は、北海道
の自然美を活かされた風景そのものだが、木村大作さ
んによる撮影ということで、これも納得させられた。
木村大作さんといえば、2009年の「剱岳 点の
記」で、日本アカデミー賞を受賞された監督である。
こだわりの強い、監督、撮影者としてのイメージは拭
いがたいが、だからこそ妥協しない映像を撮り続けて
きたのだろう。
徹底した職人、そういうことなのだと思う。

それにしても、映画のタイトルが放つ美しいイメージ
とは裏腹に、内容はサスペンスだから、このことも驚
かされた。
原作は、ベストセラー小説「告白」でお馴染みの湊か
なえの「往復書簡」。
私個人はまだこの原作を読んでいないが、どうしても
小説「告白」強烈なイメージが強く、いったいどうし
たら、湊かなえの作品をこれほどまでに温かく優しい
映画にまとめられたのかと感じてしまったくらいだ。
だからこそ、心底、阪本順治監督の凄さを感じずには
いられなかった。
阪本順治監督の作品といえば、なんといっても「亡国
のイージス」。
そして、「闇の子供たち」のショッキングな映画も忘
れがたいが、故・原田芳雄主演の映画「大鹿村騒動
記」も印象深く、作品の幅の広さに圧倒される。

子供たちの歌声が、この映画では本当に美しい。
「北のカナリアたち」を一緒に観た私の友人は、あま
りの美しい歌声に、ずっと泣き通しだった。
しかし、内容はあくまでもサスペンス。
島で起こった一つの悲しい事故をきっかけに吉永小百
合が演じる教師・川島はるの心にも、幼い生徒6人の
子供たちのそれぞれの心にも、暗いしこりが残り、ひ
とりの元生徒が大人になって引き起こした事件をきっ
かけに20年の歳月をえて、それぞれが抱え込んでい
た思いが、ひとつひとつ謎解きのように明かされてい
く。
まるで、雪深い道を踏みしめるかのように突き進んで
いくこの作品は、最後の最後まで観る人の心を掴んで
離さない。
それほどまでに質のいい映画だ。
しいていえば、この映画の事件の当事者である川島は
るの生徒・鈴木信人役の森山未來のどもり(吃音)
が、気になったくらいだろう。
昔の、例えば大映全盛期の「座頭市」など、時々ども
り役の人々が登場するが、これがどれもが素晴らしく
演じられている。
なんというか、観ていても、なんの違和感もなく、す
んなりと受け入れられてしまうから、どうにも当たり
前にうまいのだ。
それだからか、「北のカナリアたち」で森山未來を通
して、どもり役が本当はとても難しいことも改めて認
識させられたほどである。
森山未來といえば、ごく最近では「モテキ」の映画と
ドラマでも印象深いし、「苦役列車」では、かっこよ
さを見事に封印したやさぐれ度合いに、これからも演
技派として楽しみの多い俳優である。

二年の長い撮影をえて作られた「北のカナリアたち」
は、人間が持つ嫉妬や醜い感情に切り込みながらも、
深い愛情と優しさで包みこむ感動物語の大作である。



コラムニスト●プロフィール
……………………………………
赤松亜美(あかまつあみ)
北海道在住